[Chapter.01-1 命]
夏真っただ中だというのに、バスの中は冷房もついていない。
少しだけ窓を開けると、気持ちのいい風とセミの鳴き声が少しだけ、心を落ち着かせた。
「ただいま」
その声は、誰もいない小さな花屋にこだます。奥の部屋へ行くと、テレビの音がした。
「・・・オヤジ」
あきれた顔で呼ぶ。
「何?」
テレビの前で寝転がっているのは准一の父親である月原秀介。顔だけを准一に向ける。
「ちゃんと働けよ」
「どうせ客来ないから」
そう言って、父親はまたテレビに顔を向けた。准一は「ハァ」とため息をついて、階段を
上がる。すぐ手前の左側にあるのが准一の部屋である。
学校用の鞄を適当な場所に置いて、ベッドに腰を落とした。時計を見てもまだ午後4時
過ぎ。出かける予定もない。
仕方なく私服に着替え、行き先もなく外へ出た。両耳にはヘッドフォンがかかり、そこ
からコードがジーンズの後ろポケットまで延びている。
小さな公園の横にある古本屋に入った。どの本にも価格ラベルの上に値段を安くしたラ
ベルが貼られ、どの文庫本も200円程度になっている。
結局、音楽雑誌の最新刊を買い店を出た。 まだ家に帰る気にならず、公園のベンチに
腰を下ろした。雑誌のページをパラパラとめくり、流し読みをする。目についたページだ
け端を折り返していった。
しばらくして、准一は雑誌をベンチの上に置いて、空を見上げた。夕日が遠い空へと逃
げていくに連れ、少しずつ公園は暗闇に包まれていった。電灯も壊れて点く様子がない。
たまに、こんなことに悩まされることがある。
なぜ人間は生きるのか。
人を愛するため? 本当の自分を見つけるため?
様々な答えが飛び交う中に、1つ小さな輝きを見つけた。
人間は、明日のため、自分の未来のために生きている。
今を生きて、明日を生きるのである。
しばらく何もせず、目を閉じて音楽を聴いていると、人の気配が感じ取れた。
足を引きずって砂を撒き散らしながら近づいてくる。 目を開けると、左から計4人まさに不
良といった感じの外見で、准一の前で止まった。
この時間に街に出るのが危ないことくらいわかっている。まして、公園は不良の溜まり場
である。愚かだった。
准一はヘッドフォンを耳から外して首にかけ、立ち上がった。
「金出せよ」
真ん中に立っている男が言った。赤シャツの上にボタンを全開にしてYシャツを着ていた。
見た目、歳は同じくらいだろう。准一は財布を出し、無言で10円玉を渡した。
「なめてんのか?」
拳が顔面めがけて飛んできた。准一は瞬時に左手で拳をつかみ、右手で腹にカウンター
をくらわせた。
「邪魔だ」
周りにたかる3人を見た。俗に言う「ガンつける」というやつ。3人は面食らったような表情
をして去って行った。
おそらく、また一週間以内に夜の街に出るのは危険だろう。
小さい頃、准一は柔道を習っていた。そう、まだ・・・母親がいたときは。
准一に今、母親はいない。 ちょうど准一が10歳の時事故で死んでしまった。その時、初
めて身内が死ぬという悲しみとその悲しみを生んだ者への怒りを覚えた。
母親が死んで柔道を辞め、父親の薦めでボクシングを始めた。
中学生まで習っていたボクシングを、 こんな・・・人を殴るために使うとは思っていなかっ
た。いや、思いたくなかった。
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